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2009年4月 2日 (木)

筋肉を揉まないその理由

「肩がこる」「首がこる」という現象が起きると、ごく
ごく自然に「誰かに揉んでほしい」という気持ちになる
でしょう。

そういう時は、誰かに触れてもらうだけでも気持ちが良い
ですし、揉んでもらうことで筋肉がほぐれ血行が改善して
いくことの心地よさは、誰しも無意識的に知っているから
欲するのだと思います。


ただ、筋肉というのは、実は1本1本の細い繊維の集まった
もので、組織自体はとても繊細にできています。
ですから、よくトレーニングされた技術で優しくならともかく、
強引にグッグッと押したり、揉みほぐしたりといった行為は、
むしろ危険ですらあります。

「コリ」「ハリ」といった現象は、この筋肉の繊維がギュッと
束になってほぐれなくなった状態、と考えてみてください。

この状態を、ここでは仮に「硬直」とします。

この「硬直」は、何も理由がなくできるものではありません。
腕や眼の使い過ぎ、神経系の疲労、食べ過ぎ飲み過ぎからくる
内臓疲労……などなど、さまざまな日常の反映として起きて
くるという、こともひとつにはあります。

つまり、「コリ」「ハリ」そのものが苦痛の元ではなく、むしろ
カラダが悲鳴をあげた反映として、そういう現象を起こしている
というメカニズムです。



たとえば、長く続く常習的な肩こり。
揉めば揉むほど、筋肉は硬く、鈍くなっていきます。

「コリ」や「ハリ」は、単なる表現に過ぎないのですから、
いくら揉んで柔らかくしても、その大元に良い流れが生まれ
なければ、戻ってしまいますよね?

特に肩や首は、脳の血管や心臓と関係深い部位。
それを強引に「コリ」だけとることを繰り返していると……

ドンドン、筋肉は硬くなります。

では血管は、その筋肉の中を走っていることを考えると……

けっこう、コワイことに、なりそうではないでしょうかcoldsweats02



「均整」では、この「揉む」という技術もあるにはあります
けれど(捻揉といったりします)、あまり多用はしません。

ボク個人でいえば、喉の痛みを癒すのに足を捻揉したり、
腰を癒すのに、ごくたまにふくらはぎを捻揉したりする程度。

「均整」というのは、基本的に「抜き」の技術です。
押さえた瞬間にはすぐに「ポッ」と抜いたり、しばらく押さえて
ジワーと抜いたり…。
それも、そのポイントの特性や、そこにある「硬結」の性質に
応じて、臨機応変な対処をしていきます。

カラダの本来の働きを引き出し、ごく自然に「コリ」「ハリ」が
消失していくように、整えていくことを目的とするからですね。


「コリ」や「ハリ」は、ひとつのカラダの表現。
そのカラダからの声に耳を傾けてみることから、始めてみては
いかがでしょう……か。

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身体均整法」カテゴリの記事

コメント

からだの声を聞きなさいってことですね、今までずっと肩揉んでましたsweat01

投稿: ふじこ | 2009年4月 2日 (木) 21時16分

ふじこさま

コメントありがとうございます。

うまく揉むと、直接的に気持ちいいですもんねhappy01

まあ、こういう考え方もアリ、ですwink

投稿: 田村 | 2009年4月 3日 (金) 09時25分

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