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2009年3月21日 (土)

刻まれた、気づかれぬダメージ

それまで快活だった子どもが、なんだか急に塞ぎこむ
ようになった…
もともと神経質だったけど、なんだかその傾向が最近
加速しているように感じる…
好きなスポーツにも消極的になってる…


こういう時、普通はまず「ココロ」の陰りを心配すること
でしょう。

「学校で何かあったのか?」
「友達関係?」
「もしかして、ワタシが原因?」

など、その心配はその子を取り巻くあらゆる環境へと波及
し、あてどもないような思いにかられるでしょう。


確かに「ココロ」への目線は欠かすべからず、かもしれません。
でも、意外に「カラダ」に、その答えが潜んでいることだって…

…ないとは、限りません。



ある中学生になる女の子。
「目に光がチカチカする」、ということで医療などいろいろ渡り
歩くなかで、ボクとの縁がつながり来訪。
(もちろん、親御さんと)

その挙動から、最初はボクもメンタルへのアプローチかなと思い、
その方向でアプローチ。

でも、2度目の来訪時。

「約1年前に頭打って…」という言葉を聞きました。
学校の階段を降りている時に、、、ということ。

「ピン!」ときて、その方向性、つまり頭部に刻まれたダメージを
抜いていくアプローチへと転換。

昨日、だいぶチカチカが落ち着いてきたとご報告をいただけ
ました。
そして同時に、本来の明るい笑顔が戻ってきている、と。。。


外部からの、突然の衝撃。
それは、時に深刻なダメージを身体に残します。

ボクも過去、交通事故で後頭部をアスファルトに強打しています。
それ以降、特に右半身にごくわずかですが、違和感があります。

そういうダメージは、打った直後すぐに検査しても、探すことは
難しい場合も多くあります。
数カ月、数年してその影響は現れることだって、あるのです。


殴打、切断、転倒、事故のような出来事は、原因となるトラウマが
消えた後も長い間組織に残るかもしれない防御的収縮をつくり出す。
潜在的な障害の力が解決されない限り、その効果は残存するのである。
(『ウィズダム・イン・ザ・ボディ』〜クラニオセイクラル・アプローチの基礎〜)


この「潜在的な障害の力」を解決することで、身体、心、精神に
とって得られる解放は、とても大きいものとなることでしょう。



限局的でなく、より全体的で多面多層的な見方とアプローチ。
こういう視点も、大事……


かも、しれません。。


 

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