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2009年1月28日 (水)

痛みを物質化してみると……

あらゆる物質は、エネルギーである——

…これは、いわずとしれた(?)量子物理学的な視点。

ずいぶん前から物理学のみならず、心理学やセラピー
の世界でも、このような視点からのメソッドはひとつ
の潮流となっている。

というか、唯物論的な、人間の機械的な面だけを対象
としていては、実際のところ話にならないのだから、
当たり前といえば当たり前。

さて、この概念。
裏を返せば

「エネルギーは、物質化することもできる」

と、とらえることもできる。

こうとらえると、実際、便利だし(笑)。


たとえば、ある女性。

腰痛で来訪されたのだが、実はずっと以前から子宮に
固まりができるある病気を抱えておられる。

会社の検診などで、それが「大きくなっている」と
いわれると……やはり、不安になる。

それまで、特に何も症状などなくても、やがてその
不安は、やがて何かしらの形で表面化する。

この方の場合、今回は「腰の痛み」としてそれが
出てきた、とここでは考えてみる。


心、ここにあらず。
そういう印象を受けた僕は、

「身体の調整の前に、やることがあります」

と言って、イスに座っていただいた。

「痛みにも、実はいろいろな意味があります。
 もちろん、物理的な肉体がメインで痛むことも
 ありますけど、そうでないこともあったり、します」

というような流れで、その方の様子をみながらしばしレクチャー。

人により、知識や理解のしかたは違う。
ある人にとってリンゴは赤いフルーツだが、ある人にとっては
嫌悪感すら抱く、醜悪な食べ物だったりする。

ミトコンドリアと聞いて「細胞」と思う人もいれば、「どこの
別荘地」と聞き返してくる方もいる(いや、ホント)。

人はそれぞれ、生きている「場所」があり、それを侵害される
のを、普通は好ましく思わない。


「さて痛みは、実はその大半を『創作』している、としたら
 いかがですか?」

というような事をいうと、やはり「?」という顔をされた。
それは当然だろう。

でも、「痛み」、特にこういう場合のそれは、ほぼ『創作』。

それを納得していただくために便利なのが、

「痛みの物質化」

という手法。

まあ、原理自体は別に僕のオリジナルでもなんでもないので、
以下にこの時のおおまかな要点を記す。

1、まず「いま抱えている不安」をできるだけ詳しく割り出し、
  それをイメージを用いて「物質化」する。

2、次にそれを左右どちらかの手にもたせる。
  そして「重さ」「硬さ」「質感」などをありありと体感
  してもらう。

3、体感してもらったら、それを処理する。
  (たとえば燃やす、ハンマーで砕く など)

4、再び「物質化」してもらい、処理以前との感触の違いを
  確認してもらう。

というような流れで、必要に応じてその要素を「物質化」して
処理していく。

そうすると、この方の場合……

「……ずいぶん、軽くなりました」

と言われていた。

まあ、当然そうすると「痛み」として漠然と表現されていた
もろもろのメンタルな要素が顕在化するので、あとはそれを
整理していけば、よい。



たとえば、指などを切っても騒ぐことなく冷静にいると、
よほどでなければそんなに血がでなかったり、する。

一瞬のタイミングだから、まあ難しいことは難しいのだが、
「痛い」と思ったその反応によって出血は増すことは、
意外とよく(?)知られている。

つまりそれだけ、身体に与える心理的な影響は絶大、、、
ということ、だろう。


痛みも、物質化できる。
エネルギーは、物質化することもできる。

つまり、痛みもまた、ひとつのエネルギー。

……な〜んて捉え方、してみてもいい時代、、、
かも、ですね。。


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