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2009年1月 6日 (火)

木に学べ

お正月。

30日から4日まで休みをとったわけだが、この
くらい長期間休むというのは、僕にとって初めて
のこと。

そもそもついこの間までは「休む」という発想も
なく、いつも何かで動いていたり、考えを巡らせ
ていたりしていた。

それはいわゆる「実益」とは関係ないことが多く、
結果身心を疲弊させていく方向性だった。



疲労は、蓄積する。
それは、いわゆる「疲労物質」などという物体と
して明らかになるものばかりでは、ない。

もっと微細な、もっと非物質的なレベルで、全身
にまとわりつき、なかなか離れない。

蓄積されればされるほど、身体は重く、気分は淀む。

どんな元気溌剌とした性質の持ち主でも、このテの
波動にまとわりつかれれば、そう溌溂としてはいら
れなくなる。

いかに溜めず、抜くか。
それを心掛けるだけでも、「病む気」を遠ざけるため
には、役に立つ。



「木に学べ」
という、本がある。

法隆寺・薬師寺の修復・復元作業に関わった、最後の
宮大工棟梁と呼ばれた西岡 常一氏(故人)の語りをまと
また本。

以前にもサッと読んだが、いま読むとまた違うだろうな
と、この正月に読もうと決めていた。


読む人により、さまざまな読み方ができる本だと思う。
もちろん単純に仏教建築の視点から読んでも面白い。

しかし、たとえば……

揃えてしまうということは、きれいかもしれませんが、
 無理を強いるということですな。
 木には強いのも弱いのもあります。
 それをみんな同じように考えている。
 昔の人は木の強いやつ、弱いやつをちゃんと考えて、
 それによって形を変え、使う場所を考えていたんです。

(P82)

この文章などは、そのまま人間に置き換えてみることも
できる。

「身体も同じだな」
そう、読みながら思いを巡らせた。


 

冒頭、

棟梁は、木のクセを見抜いて、それを適材適所に使うこと

とある。

このコトバの底にある意味が、本全体に徹底して貫かれている。



また、折をみて、読もう。。。




 


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コメント

田村先生 様
あけましておめでとうございます。

西岡 常一氏の本は、ビーパル連載時より
読んでいました。

特に 神社復元で、材木の調達のために
台湾に渡り、山ごと買った話が印象に
残っています。

材木としての良し悪しで判断せずに
山の北側の材木の特徴は、何であるか?
山の南側の材木は、成長が早いだ。とか?
全体を見渡した上で 個々の材木の個性を
見極めて、組み上げる思想は、超一流の
センスを観た気がしました。

物事を極めた人間の言葉は、普遍性をもって
いるのですね。

投稿: シルバーバック | 2009年1月 9日 (金) 17時14分

あけましておめでとうございます。

その話は、印象的でしたね。

結局、こういう位置まで到ること…
ですね。


いつもありがとうございます。


投稿: 田村 | 2009年1月 9日 (金) 17時33分

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