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2009年1月 7日 (水)

断食

5日から、軽く半断食している。
年末から正月にかけて、疲労した内臓の回復を
はかるには、僕にとってこれが一番たやすい。

長期の本断食となればかなり気合いも準備も
いるけれど、3日程度の、軽い半断食であれ
ばそういったこともいらない。

よく「断食は危険だから専門家の指導を」と
いうことを聞く。
でも、そんなこといっていると何もできなく
なるし、やってはいけないと思ってしまう。

確かに、本格的な医学的治療としての「断食」
を敢行しようとするなら、それは必要なのかも
しれない。

でも、「危険」ということにこだわり過ぎる
のもいかがなものだろう…か。




9〜10年前のこと。

年末、まるまる1週間リンゴだけの断食を敢行
したことがある。

大晦日に断食明けを迎え、そのまま友人と横浜に。


通常、断食は実行したその「後」が大切とされる。

一定期間食べないことで内臓諸器官はクリアになる。
うまく行えれば、精神的なクリアさも実感できる。

ただその反面、食の栄養は遮断することになるから、
その期間は筋肉は削げ、皮膚は張りを失う。

もちろん、終了後「適切」な回復をはかっていけば
それ以前より張りもツヤも出てくる。

神経系や感覚器官の働きも高まるので、目はスッキリ
するし、嗅覚も味覚も敏感になる。

雑念が減るので、この間にいろいろなアイデアが浮かぶ
ことも、ある。


ただ、それが「適切」でなければどうなるか?
そういう実験めいたことを、実際に自身の身体
で試してみる習性が、僕にはあったりする。



その大晦日、横浜にてカウントダウンを迎えた。
男二人で、横浜で断食明けの

「祝杯」

を挙げた。

その後、中華街にて…中華麺。。。

友人の会計を外で待っている時に、僕は
気を失った。。


アルコールに大量の油。
いま考えれば、断食明けにこれは自殺行為にも
等しい。

でも、「人間はどこまで大丈夫か?」みたいな
ことを、この当時は確かめたかった、のだろう。。

いつも思うことながら、まったく愚かな。。


さすがに、それ以降はそこまでの無茶はしない。
けれど……


昨年は、月一回3日間のペースで3月から10月まで、
フルーツ断食を行った。
これも、通常の考え方からすれば…無茶な部類に入る。

でも、実行した結果からいえば……非常に良好。
全身の停滞していた気血の流れが回復し、感覚器官も
鋭敏さを増したように思う。

しっかりと栄養学的に管理したり、まったく危険の
ないように理論武装して臨むのも、ひとつ。

身体の声に耳を傾け、そこからいまやるべきことを
導き出していくのも、ひとつ。



それが本当に「危険」なのか?

意外と、やってみないとわからないことも……

多いような気が、する。



ちなみに、その友人は僕と同じ期間同じように
フルーツ断食をし、同じようにアルコールと油を
摂取したけれど……全然平気だった。。



結局、個体差???





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