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2008年12月25日 (木)

雌伏

手技療法に携わって、もう丸12年になる。
学びを始めた時点からは、足掛け14年。


学び始めた当初、たとえば「気」という概念は、口に
するだけでも「トンデモ」な印象をもたれる時代だった。

「身体のゆがみ」という概念ですら、眉をしかめる人が
圧倒的に多かった。
ただ、目に見えて実際に確認できる分、「気」という
よりは理解が得られやすかった。

そもそも「均整」自体、「第三(四)の医学」を標榜し、
運動系、つまり筋肉や骨格系の分野での新しい医学と
して確立しようというコンセプトのもと、創始者健在
当時は活動していたようだ。


言い方を変えれば、非科学的な路線を極力排して、
万人に受け入れられやすいスタイルを選んだ、とも
いえるだろうか。

この路線の正否、良悪などを僕は問う立場にはない。
当時としては、そう向かわざるを得ない、種々の事情
もあったことだろう。



また、僕個人を振り返ってみれば、世でいう「流れ」
に翻弄されてきた。
少なくとも、そういう時期があったことは否めない。
「流れ」という、いつ消えるともしれぬ泡沫のような
ものにこだわり、足下を見失いかけた。

そうではないことを知りつつ、種々さまざまな言い訳を
自分自身にして、その泡の中に居続けた。

おかげで、失ったモノも多いが、そうした時期がなければ
まず得ることのできない、貴重な気づきと、人々に出会う
ことができた。

ようやくにして……。



「雌伏」。

この意味は

1、《雌鳥が雄鳥に従う意から》人に屈伏して従うこと。
2、実力を養いながら活躍の機会をじっと待つこと。


という、2つの意味がある(大辞泉)。


最近読んだ本、

『空海をめぐる人物日本密教史』(春秋社)


には、最新の研究成果にもとづく詳細な空海の伝記と
その前後の伝承の歴史やさまざまな密教者たちの生涯
をとおしての歴史などを、時代背景とからめつつ描か
れている。


そのなかで、当時の唐から空海自らが将来した密教を
ひとつの宗派として建立するために14年もの歳月が流れ
ているという史実が紹介されている。

日本史上最大級の天才とされ、瞬く間に世にその名を
知らしめたと一般に思われているであろう空海ですら、
いわば不遇の時代があったということ。

その時期、空海は理論実践の両面で、ほかの追随を許さぬ
次元へと、自らの密教を引き上げようと全精力を傾けたで
あろうことは、想像に難くない。


ここで著者は、「雌伏」という文字をあてている。
そう、まさに空海にとって、それは「雌伏」の時だったのだろう。



何とはなく、いささか腑に落ちた感覚。
それと同時に、やる気と勇気。

「流れ」は抗うものでもなく。
また、そこに従順であるものでもなく。




その「流れ」を、乗りこなしてしまえばいい。

己れに、目指す頂があるのなら。








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