【TAMURATIC】について
「【TAMURATIC】身体操術 横浜館」
この名称、実は「仮称」である。
人のイメージとは面白いもの。
たとえば
「野球」
といえば、だいたいの方にとって、広い芝生やグローブ、
バットなどがイメージされるだろう。
でも、少し詳しい人になれば、ある特定の球団のユニフォーム
や、特定の選手、最近の迫真の場面など、より具体的な形で
イメージされることになる。
ややマニア的な人になれば、「野球といえば、19○○年の
日本シリーズの○○のピッチング‥‥」など、その時のシーン
がこちらにも鮮明に見えるほど、細かく確固とした映像として
その人の記憶に刻まれているような場合もあるだろう。
このように、「興味」や「関心」、また各個人特有の感性に
そった形で、イメージは形成される。
つまり、その対象がどうでもよければ、そのイメージも
曖昧模糊とする。
とっても気になれば、微に入り細にいたるまで、鮮明な
イメージとなって形成される。
【TAMURATIC】というのは、もちろん僕の造語。
僕なりに訳せば「田村的」「田村流」というような
感じになるだろうか。
ただ、僕としては一流一派を名乗っているつもりは
毛頭ない。
というよりは、一流一派云々ということに、はっきり
いって興味も関心も、僕にはない。
さまざまな技法を僕の感性でミキシングして、より
オリジナリティある手法へと変換している。
それをたとえば「均整です」「○○ヒーリングです」
というのは、やはりどこか違和感を感じる。
だから「【TAMURATIC】」。
いろいろな技法を、ユーザーの方々にとってもっとも
有益な形で提供する。
いろいろな原理を抽出し、培養することで新たな見地、
新たな作用を生む、独特のワザになる。
たとえば、「均整」の創始者はそうしてきたはずだ。
だから、ユニークで、さまざまに応用可能な、希有な
技術体系になったのではないだろうか?
まあ、僕は僕なりのスタイルでやりたいだけ…
なんだけどね。
いくら「均整」「整体」といっても、一般的な
ユーザーの方にとって心に残るのは、出会った
施術者の印象がほとんど。
「均整=その人」になるわけだ。
だったら、ある意味での自己表明を、自覚的に
やっても、いいんじゃないだろうか?
というか、やった方がいいと思うけど。
「その人」が、印象的であればあるほど、人は
興味も関心ももつんだし。
【TAMURATIC】
とりあえずの仮称だけど、そういう意味も、ある。
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コメント
だからこそ、
均整との出会いが【TAMURATIC】の田村さんで良かったな~と思わずにはいられません。
イキナリすみません(^-^;
まずはブログ開設おめでとうございます!
待ってましたっ
拝読させていただいて、
ますます田村さんの今後のご活躍が楽しみです!
三原則を読ませていただいて、均整の考え方って「音楽」の捉え方と似てるな~と思いました。特にイメージしたのは弦楽器。弦を張りすぎても緩めすぎても、奏でる音は伸びません。適度な張りと緩みあってこそ、伸びやかな音を奏でる弦楽器、カラダもそんな風に捉えると、均整の持つ「曖昧」とか「ハッキリしない」という部分こそが逆に、幅があって体感する人それぞれにとって心地よい塩梅で施術、というイイ(良い)加減さが絶妙だな~と。
そして中国茶もそうなのですが、いくら崩してもアレンジしても、何も制約はないけれど、根本に「原則ありき」なのですよね。基本というか王道というか、それを認識した上でこそ、何をしても許されるのだと思います。そしてそれを十二分に弁えていらっしゃる田村さんだからこその【TAMURAYIC】なのだと思います。
数々のタムラマジックの体験者&目撃者として、これからの益々のご活躍を楽しみにさせていただきます
投稿: 半辺天 | 2008年11月 8日 (土) 20時54分