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2008年11月28日 (金)

挫折2

手技療術において、というよりは「療」全般において
受者への介入が少ないほど〈上等〉とされる。

要するに、あんまり手を加えないでよい方向へいけば
それだけ無理も少ないわけだから、当然といえば当然。

そのため「均整」でも「整体」でも、必要のないこと
はやらないように説かれている。


でも、その「必要のない」領域を術者(ここでは僕)が
知り得るには、それこそ自得する以外にない。
そして、たとえ「必要のない」ところまで身体が変化した
としても、受者の自覚症状が変化しているとは限らない。

初期のころから昨年まで、この点では実に悩んだ。

自覚症状が変化しないと、ふつう納得はしてもらえない。
また、術者も後で変化すると思ってはいても、そこに確信が
ないから不安になり、ついよけいな手段を加えてしまう。

と同時に、「長くじっくりやってもらうことが親切」という
ような既成概念が双方のどこかにこびりついていたりする
から、あまりに早く終わると術者には不安が、受者には不満
が残ることが、ある。

こうした不安。
そこからくる焦り。

そして、経験を重ねることで自身に知らず生じてくる慢心
という影。

これらが形として現出した時に、起こること。


起こることは、必然的に起こる。
その観点からいえば、「失敗」というのはあまりに自己中心的
な表現ではある。


ここではあえて、そう記そう。

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